BPQC

23 AUG 2017

BPQC暮らしの中にある、私のスタンダード

東京・神宮前でイギリスの家庭料理をベースにした小さなカフェ〈SW11 kitchen〉を切り盛りするオーナーの渡辺靖子さん。
約25年前、突然始まったイギリス生活や、帰国後、未経験のままカフェを立ち上げたことなど
さまざまな変化を受け入れながら、自分らしく暮らす方法を聞いた。

PHOTOGRAPHS:AKIKO BABA
TEXT:MARIKO URAMOTO

どんな環境に置かれても
自分らしくいられる楽しみを見つける。

 原宿の大きな通りから一本裏に入った場所に、渡辺靖子さんと夫の寛さんが手がけるカフェ〈SW11 kitchen〉はある。すっきりとした空間にカウンターと存在感のある木製テーブルが一つ。自然光がたっぷり入る窓の先には気持ちのいいテラスがある。さっきまで人でごった返す道を歩いていたことを忘れそうになるほど、穏やかな時間が流れる気持ちのいい場所だ。

 靖子さんはかつて夫の寛さんとともに、約15年間イギリス・ロンドンで暮らしていた。きっかけは30代だった寛さんが現地の大学院への留学を決意したことから。彼女はそれについていく形だったという。しばらくは慣れない海外生活にとまどったが、縁あってマーガレット ハウエルのアトリエで企画アシスタントを始めた頃から、本当のロンドン生活が始まったと振り返る。仕事に就いたことで交友関係が広がり、文化の違いにも慣れた。そして何よりもアトリエでの仕事が暮らしに彩りをもたらしてくれたという。そこには美しい生地サンプルや貴重な資料が山積みで、もともとファブリックが好きだった靖子さんにとってまさに宝の山だった。「あの空間にいるだけで幸せでしたね。おかげさまで本当にいいもの、素敵なものにたくさん触れられたから、ものを見る目がしっかり養われたと思います」

 また、イギリス生活ではもう一つの楽しみがあった。それは、郊外のアンティークマーケットへ出かけること。古いものが好きな靖子さんは嬉々として、寛さんとよく足を運んだという。「私が恵まれていたのは、夫婦で同じ時期に同じものを見て過ごした時間が長かったことです。こういう経験を二人で積み重ねたおかげで、お互いが“いいな”と思う感覚にズレが少なくなったのかもしれません」。二人とも買い物が好き。基本的に両者が納得してから買うのが条件で、とくに家具選びは一大事。二人で慎重に検討を重ねる。
「なるべくシンプルなものがいいですね。少々値段が張っても飽きがこないものがベスト。そう思うのは、結婚したばかりの頃、アルフレックスの椅子に一目惚れしたことがきっかけです。当時の私たちにとっては少し高かったけれど、思い切って手に入れました。かれこれ数十年の付き合いになりますが、ちっとも飽きない。ものに納得したら少し高くても背伸びして買うことです。“なんだか違うな”と思いながら暮らすことは、居心地の良さには繋がりませんから」

 家具への愛着はロンドンで使っていたものも同じ。ほとんどを日本へ持ち帰ってきたというから愛情の深さが感じとれる。現在、カフェの中央に鎮座する大きなテーブルもそうだ。1800年代ものの貴重な家具で、アンティークマーケットで出会った思い出の品。ロンドンの家ではこのテーブルを囲んで、よくホームパーティを開いたという。「家に機能的なオーブンがついていて、おいしくて大きい肉も安く手に入ったから、夫がよく肉料理を作っていたんです。おかげでめきめきと腕が上達(笑)。二人じゃ食べきれないから友だちをよんで、テーブルを囲んでわいわいやっていました。その楽しかった時間を日本でも作れたらなって、帰国後、店を開こうと夫が言い始めたんです」
これまで飲食店の経験はなかったという二人だが、50代で一念発起。夫婦二人三脚で、一から店づくりを始めた。家具も照明も家から持ってきて、自宅の延長線上のような居心地のいい空間を作り上げた。愛犬のキトキトが一緒に出勤している日もあり、店を訪れる人は、扉を開いた先に尻尾を振るキトキトに出迎えられると、二人の自宅に招かれたような気持ちになれるのが嬉しい。

 店で料理の下ごしらえから調理、接客までこなす靖子さんは動きが軽やかで、とても格好いい。「私、小柄なせいか、女性っぽい服装に違和感を感じてしまうんです。だから、昔からパンツスタイルが基本。きっちり決めるより少し遊びを入れて、バランスをとるのが好きですね。ふだんはデニムが定番だけど、たまに新しい服を取り入れるのも楽しい。今日履いているニットのパンツは動きの多いキッチン仕事のときにも無理なく体に沿うので着ていてストレスがないし、ふだんと違うシルエットが自分でも新鮮です。ドルマンスリーブもシンプルなのに立体的で動くたびに表情が出て、どんな体型の人にも合いそうですね」

 店を開いてからはずっと忙しく過ごしてきたという靖子さん。今、休みがあれば何をしたいですかと聞くと「写真を撮りたい」と一言。「昔は好きでよく撮っていて、そろそろ再開したいなと思っています。私は撮られるのが苦手なのに、人を撮るのが好きなんです(笑)。あと、写真集を見るのも昔から好きですね。写真を見ているといろんな視点を持てるでしょう?子供みたいな目線になれたり、動物のような気分になれたり。いろいろな気づきがあります」また、お気に入りの布を使ったオリジナルバッグの製作もスタートした。「やっぱり布に触れている時間が好きですね。これからもこういう時間をもっと増やしていきたい」。自分の好きなことに忠実でいることも大切。慌ただしい日々の中でも、心の平穏が保てるのだという。

 突然ロンドンに暮らすことになったり、帰国後は未経験にもかかわらず、飲食店を開くことになったりと、渡辺さん夫婦の暮らしには大きな変化が何度もあった。「ちっとも落ち着いていないでしょう?」と笑う靖子さん。振り返ると、ロンドンの生活に慣れない頃、どんよりと暗い冬に気持ちがふさぎがちになったこともあるという。それでも「冬は海岸沿いで化石掘りができるので、友だちとよく行きましたね。寒かったけど、すごく楽しかった。どんな場所で暮らすことになっても“自分が望んだ環境じゃないから”って後ろ向きになるんじゃなくて、できることに目を向ける。心持ちひとつで暮らしって少しずつ楽しくなりますよ」

渡辺靖子 カフェオーナー

2012年、夫の寛さんとイギリスの郵便番号を店名にした「SW11 kitchen」をオープン。現在は店の一部を友人でファッションディレクターの小松貞子さんと共有し、小松さんのブランド「R」の洋服や服飾雑貨などの物販も行う。上質なリネン生地で作るオリジナルバッグのブランド「SW11」の製作も。
着用アイテム
総針 ニットパンツ
コットンレーヨン アシンメトリープルオーバー
ナイロントートM

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